良い習慣は才能を越える

        (抜粋のつづり その73より)
         佐々木常夫

 新入社員諸君。……と、こうして大上段から
話しをできるような資格は、私にはないかもし
れません。私が東レに入社したのは昭和44年の
ことですが、はっきり言って、いい加減な動機
で入った、いい加減な新入社員でした。就職活
動をして、いくつか受かった会社の中から東レ
を選んだのは、雰囲気がよく自由闊達そうで、
給料も結構良さそうだし、何よりたまたまサー
クルの先輩がいたから、という、安易な理由で
した。そんなふらふらした気持ちで入ったの
で、当然のように仕事への意欲は低かった。新
入社員に割り振られる雑用のような仕事を甘く
みて、ミスを連発しては、事あるごとに上司に
怒られていました。
 ただ、私にも多少のプライドはありました
し、しばらくすると、さすがにこれではちょっ
とまずいなという気にもなってきた。それで、
どうしたらミスを起こさずに済むのか、もうち
ょっと効率的にできることはないのか、まずは
小さな改善目標やノルマをメモに書いて、少し
ずつ達成していくようにしました。
 最初は「怒られないように」と始めたこの習
慣が功を奏し、仕事が段々面白くなってきたの
は30歳ぐらいのときです。そのとき、自らを振
り返って手帳に書きとめたのが、「よい習慣は
才能を越える」ということでした。
 仕事に大切なのは、スキルではありません。
良い習慣と、高い志を持っていれば、スキルは
必ずついてきます。
 良い習慣とは何でしょうか。それは私にとっ
ては第一に、早寝、早起き、朝ごはんを必ず食
べる、運動をして体を鍛える、という生活習慣
です。そして、仕事においては常に目標を設定
し、それを必ずどこかに書きとめるか、誰かに
話しておくことも習慣にしました。目標を言葉
にすると、必ず達成しなければならないという
制約ができます。これの繰り返しで、私は成長
できたのです。
 若い人には、何のために働くか、という説教
話をするのは、まだ早いでしょうから、いつ
も、最初の頃はとにかく欲を持って仕事をし、
目の前にある仕事を一生懸命やりなさい、と言
っています。ただ、歳を重ねてから自分の人生
を振り返ると、人間は何のために働くかといえ
ば、自分の成長のため、そして、何かに貢献す
るためだと思うのです。世のため、人のためで
ありつつ、結局は自分のためでもある。その意
味で、人から認められたい、ほめられたいとい
うのは一見、自己中心的な欲求に思えますが、
決して悪いことではありません。それが原動力
であって、大いに結構。私もそうでした。
  (以下次号へ続く)