私のふるさと 

       生 田 三 郎
 私のふるさと熊本市は今年或るイベント
で盛り上がっている。熊本城築城400周年に
当たるからである。
 1607年、加藤清正茶臼山という小高い
丘に目をつけ城を築いて四百春秋を数える。
西南戦争の際戦火に遭い一度消失したのだが、
昭和三十年代に民間人の寄付により復元を
遂げ今日に至っている。
 土木技術の才能豊かな清正の手になるこ
の城は、かの西郷隆盛をして落城かなわず“清
正に負けた”と言わしめたほど難攻不落の
堅牢さを誇っていた。
 その後県市民はもとより内外の多くの人々
に愛され日本名城の一つと謳われている。
欠けていた槍群も数年かけて修復され残る
大事業であった本丸御殿がいよいよ今年4月
に完成する。
 千畳敷とされる大広間からなる三層造り
のこの御殿は来客接待等の目的を持ってい
たとされ、復元には出来るだけ往時の手法
でとのコンセプトで進められた由。
 一口に熊本城といっても、所請天守閣の
みを指すのではなく、幾つもの櫓や本丸御
殿の集合体をそう呼んで馴染まれて来た。
 場内にある美術館や広間、ジョギングコ
ース、プール(かつて国体で使用、現在は無
い)、植物園などはまさに市民の憩いの場で
あり私なども子供の頃から草野球、花見、
デート(の真似事?)等さまざまなシーンが
焼き付いている。そして大天守はシンボリ
ックな存在として悠久の時の流れの中に君
臨しているのである。
 さて、私のようなホテルマンにとっての
熊本城は重要な観光資源としての側面を持ち、
いかに滞在型の観光客を呼べるかにある。
 この素晴らしい場所に足を運んで貰えば
必ず“来て良かった”と満足して頂ける、
そんな思いを強く持っている。長年九州の
中でも熊本は通過型という位置づけだが現
在部分開業の新幹線が完全に通過する2011
年には多くの滞在型の観光客に熊本城を見
に訪れて欲しい。
 中国の古典に曰く“国の光を観る”。そ
こでベースになるのはそこに住む人達の頑
張りようなのである。“遠くにありて思うも
の”それがふるさとである。啄木はそう詠
んだのだが私のふるさとへの思いはもっと生々
しいものである。