ぶれない思い

          久 保 浩 通
 今年初めにNHKの「プロフェッショナル」
と言う番組で、あるすし職人が取り上げられま
した。見られた方もおられると思います。
 小野二郎82歳。昨年、伝統あるフランスのレ
ストランガイドで最高の≪三ツ星≫に輝いたす
し職人。家庭の事情で7歳で奉公に出され、やが
て知り合いの紹介で26歳と言うこの世界では異
例の遅い弟子入りをしました。親方から教わっ
た「本手返し」と言う伝統の握り……。元々不
器用な彼はいくら握っても、毎日練習をしても
キチンと握る事が出来なかったそうです。ある
日余りの忙しさに、自分の手が勝手に普段とは
違う動きをしたそうです。これが後に「伝説の
二郎握り」(確かな目・技術)の発端となった
そうです。
 年季明けと同時に念願の独立をしました。以
来今日までただ、ただひたすらに「もっと旨い
寿司」を食べさせてあげたいを胸に毎日毎日精
進を続けているのだそうです。ネタの目利き・
順番・温度・盛り付け等……。
 彼の想いを知る一例がありました。二つに切
って出されるキチンとした車えび。これをもっ
と旨く食べてもらうには……と、10年間毎日そ
の盛り付けの向き(プレゼンテーション)を試
行錯誤してきたそうです。10年かかってやっと
現在の盛り付けの位置にたどり着いたんだそう
です。彼曰く、「まだまだ工夫の余地がある」。
こんな事は二郎さんにとっては普通に当たり前
の事なのでしょうね。
 私はこの番組を見ながら思いました。旨いす
し職人は他にも全国にたくさん居るであろう。
ならば何故、小野二郎さんに三ツ星の評価を下
したのか……。想像ですが、小野二郎さんのす
しに対する姿勢(想い)に三ツ星を与えたんで
はないかと。純粋に「もっと旨いすしを握りたい、
食べてもらいたい」……創る職人として、当た
り前を普通に75年間ひたすら精進を重ねてきた
その姿勢が認められたのではと感じました。だ
としたら、そのフランスのレストランガイドも
当たり前を普通に評価できる素晴らしいガイド
だなと思います。
 二郎さんのお店は当たり前に、お客様が途切
れる事はありません。
 番組の最後に小野二郎さんが想うプロフェッ
ショナルとは?の問いに、「自分の仕事に没頭
して、常に上を目指す」と答えておられました。
 思えば下手くそな私なりに、親方・兄弟子に
怒鳴られ、なじられ、ぶっ飛ばされ、悔しさの
余り枕を濡らした末にやっと初めて一人で仕上
げた一枚の畳。それをお客様がお金を払って使
ってくれたあの時の感動・感激(原点)を、や
がて来るであろう針を置く日まで、忘れてはな
らないんだと、二郎さんが教えてくれました。
 自分の身につけた技術、それをどうしたら届
けられるのか(伝えられるのか)。何の気取りも、
野心も、強かさも、計算も無く、しかし結果と
してお客様の心にいつの間にか届き、魂を掴ん
でしまう……ただただ「旨いすしを食べてもら
いたい」。私は当たり前に自分と比較していま
した。甘い、恥ずかしい……同じ真似は私には
出来ません。気取り、野心、強かさ、計算……(売
りたい)が一番に来てしまいます。二郎さんを
語る程にも達していません。
 すしの今原点(スタンダード・手を抜かない)
……二郎さんが居るからこそ、回転すしが存在
できている気がします。あなたがいるから、私
がいる。